そんなある日、ウマ娘のゲームにマンハッタンカフェというウマ娘が新規キャラクターとして実装されたことを知ったんだ。マンハッタンカフェはね、実装されたら絶対に手に入れたいキャラクターとして優先順位ナンバーワンであり続けていた超お気に入りのウマ娘だったのさ。
「ピックアップガチャで手に入る」
「もう、課金をするなら今をおいて他にない」
そんな調子で、ワシ、居ても立ってもいられなくなってしまってね。課金熱は一気に盛り上がったのさ。でもね、スマホの通帳アプリを開いて残高を見たらさ、そんな浮かれ気分は一気に萎えてしまったよ。
そして迎えたガチャ最終日! マンハッタンカフェが引けるピックアップガチャの最終日だ。
ワシはね、自宅の寝室に籠もってね、ガチャ代を捻出すべく、朝からスマホとノートパソコンに向かっていたよ。馬券投票システムに一万円を放り込んで、意気揚々と地方競馬に挑んでいたのさ。
これを客観的に見たらワシ、バカ以外の何物でもないんだよね。依存症でなく、ただの馬鹿だと、皆そう思ったろうよ。でもさ、当の本人は真剣なんだ。ことマンハッタンカフェに関してだけは「絶対に諦めてはいけない」と、この時のワシはそう考えていたんだ。そしてその気持が何よりも勝っている状態になっていたんだよ。
理屈はあるんだ。
「もし、ここでマンハッタンカフェを引けずに終わってしまったら、あとで絶対に後悔することになる。今までワシは幾人ものウマ娘をプレイできず、涙ながらに諦めてきた。ワシはその時のことを今だに後悔し続けているし、それを待望のマンハッタンカフェでまでまた繰り返すことなど絶対にあってはならんのだ。」とね…
そんなこんなで始まった地方競馬の1レース目。
ワシは馬連が当たり六千円の配当を得たんだ。幸先の良いスタートだけどさ、これはガチャ代としては全然足りない。いったい何万円あればマンハッタンカフェが引けるのかとか、そんなこと現時点では全く分からない。けど、とにかく頑張らなくてはと張り切っていた、この時のワシ。
でもね、うっかりしていたけどピックアップガチャの終了は昼の十一時五十九分までだったんだよ。それって、実質的に園田レース場の第3レースがラストチャンスってことなんだ。このペースじゃどう考えても間に合わない。
で、ワシ、無い知恵を絞ったよ。
一発逆転の方策をね。
「もし、これが中央のレースだったら各馬の力が拮抗していて穴馬が来る可能性も十分にある。予想は難しかっただろう。でも、地方競馬というのはそうではなくて、強い馬と弱い馬の差が結構激しい。そう考えると一番人気や二番人気が好走するのは毎レースほぼ確実と言ってもいい。とにかく今は時間がないことを考慮して、それでもガチャ代の為にまとまった額を当てたいのであれば、上位人気馬の三連単、これしかない!」
っていうのがその時のワシの頭が弾き出した結論だったね。
で、その結果ワシが投票した馬券は「2→1→7」の三連単になったんだ。これはスゲー単純で、一番人気の馬が一着、二番人気の馬が二着、三番人気の馬が三着になるっていう、超手堅い馬券なんだよ。なんのヒネリもないね!
でもさ、ここで一度冷静になって普通に考えてみてくれ。三連複ならまだしもさ、三連単が来ることなんてまずないでしょ? そんなこと、普通、誰でも分かるよね?
ただ、この時のワシは頭がかなりバグっていたもんで、この馬券を一点買いで、しかも一万円分も買ってしまっていたんだよ。三連単の一点買いだよ? 大博打だよ。マンハッタンカフェへの思いが極まりすぎて、感覚が完全に麻痺ってしまっていた。
これ、完全にやらかしてしまっていたんだよ。
レースが間近になって、そのことに自分でも気づいた。ゲートに入っていく馬たちを見つめながら、ワシは震えたよ。こんなことは初めてだった。マジでいたたまれなくなって、思わず近くにあったぬいぐるみを抱きしめたけどさ、それでも気が遠のいていくのが分かったよ。心臓が異常にバクバクして、体から血の気が引いていった。
「やっちまった…」
そう後悔したけど、もはや後の祭りだよね。
よく考えればガチャ終了まで残り二十分。ここで馬券が当たって、その金でガチャを引いて、しかもそのガチャでレア中のレアキャラクターであるマンハッタンカフェを引き当てるなんて、どう考えても起こる訳ないんだよ。そもそもウマ娘のガチャを引くための何万もの金が、そんな不純な動機で、よりにもよって競馬なんていうバクチで当たるはずがない。そんなんで楽にお金が手に入るならみんなやってるよ、って誰もが口を揃えて言うだろうよ。
もうね、この時のワシの頭の中ではこんな内容のことがぐるぐるぐるぐる回ってたよ。
なにをどう考えてもワシの思考回路はバグっていたんだ。いつのまにかスタートしていたスマホの中のレース画面を見守りながら「これが依存症か」って絶望を感じたよ。ぬいぐるみを抱えてさ、目にいっぱいの涙を浮かべながらさ、ガタガタ震えてたこの時のワシの姿。情けない姿だったろうね。マジで惨めなおっさんだったろうね。
もし、神様仏様がこの時のワシの姿を何処かからか見ていたのなら分かってくれただろう。これが人の、心からの後悔と懺悔の姿だって事にね。
で、放心状態のワシは何も考えられない状態でボーッとレースを見守ってたんだ。そしたらさ、一番人気の馬が一着でゴール版の前を駆け抜けていったんだ。ワシ、馬券を買ったことなんてすっかり忘れててね、「うんうん、よかったなあ。」なんて純粋にその馬の勝利を称えていたんだよ。次に二着でゴールしたのは二番人気の馬だったけど、三着はよく分からなかった。リプレイを見た限りではね、どうも三番人気の馬が三着でゴール版を駆け抜けていったように見えたんだけどさ。
「???」
「ワシ、何やってたんだっけ?」
「これってもしかして…」
ワシ、次の瞬間、気分が舞い上がってパニックのような状況になったよ。体はフワフワするし、心臓はドクドクするし、訳が分からなくなってしまった。確定の掲示板には「2→1→7」の数字が灯る。これはワシが一点買いした三連単の馬券、一万円分の馬券の数字と並びだ! 当たった。当たったんだよ、大博打が! しかも払戻金額は合計で十万と五千円! すべてをひっくり返すような奇跡が起こったんだよ!
でね、こうなったらやることはひとつなんだよ。マンハッタンカフェだよ!
とにかくこの時のワシ、興奮して訳が分からなくなってはいたけども、もはやマンハッタンカフェのためのガチャは終了まで残り9分を切っているという状態。モタモタはしてられない。
ワシ、秒で課金して、十連ガチャを回したよ。
間に合ってくれって祈ったね。
だってそうでしょう? このために頑張って用意した軍資金。ガタガタ震えながら勝ち取ったお金。ありがたいお金なんだよ。ならさ、もう、行くしかないじゃん!
で、ガチャの結果はというと…
十連ガチャ二回目にして早くもマンハッタンカフェを引き当てるという奇跡が起きたんだ。いわゆる神引きだ! 普通なら何十回、何百回、天井まで引いても出るかどうかわからないようなレアキャラが、早くも二回目で出てくれるとは…
この時、あまりにも信じられない奇跡が成立したんだ。凄いことが、現実に起こったんだよ。不思議な何かに導かれてるような感覚さえあったね。
どっぷりと競馬にハマった一年だったけどさ、引くなら今だよね?
何せ当たったのは十万と五千円という大金だよ。しかもその内の一万円も使わずにマンハッタンカフェを引き当ててるんだ。既に目的は達成している。しかも過去に負けた分も取り返して、トータル収支は一気に黒字化してくれた。もう、思い残すことなんてないよ。
それに、競馬、やめたいんだよね?
だったら、身を引くなら今しかないじゃないかと、そう思って、ワシ、JRAのサイトから以下の手続きを行ったよ。
「ギャンブル等依存症対策」の一環としまして、電話・インターネット投票でご利用いただける購入上限額を設定できる制度を設けております。
https://www.jra.go.jp/
この手続で、上手いことこの問題が丸く収まる事になったよ。
これでね、ワシ、今はトータルでも三千円までしか馬券を買えないようにしてあるんだよ。完全にやめるんじゃなくて、今後も少額購入の道は残されたことになるね。でもさ、そのお陰でウマ娘も止める必要はなくなった訳だし、競馬とは、今後も程よい付き合いを続けていけたらいいなと思ってるんだ。
とにかくね、大好きな競馬をさ、ガタガタ震えながら見るなんてことは金輪際ゴメンだよ。今回の一件は最後にミラクルが起きたから良かったようなものの、それがなかったらどうなっていたことか、ほんとに分からないからね。精神的にも、きっと金額以上のダメージを受けてたろうし、自暴自棄になってとんでもない方向へも行きかねなかった。
今後はこんな事にならないように気をつけなくちゃいけないね。