ワシ、かなりの高確率でギャンブル依存症になってたっぽい。依存対象はズバリ競馬。
まあ、競馬にのめり込んでしまうというのはよくある話だよね。でも2021年という年は、競馬界隈の状況がこれまでと全く違うものになっていたんだよ。コロナ禍だったからね、コロナ対策でレースが無観客試合だったんだ。で、レース場には入れないし、馬券はネット経由で買うことがもはや当たり前っていう状況になってた。その結果、競馬ファンの活動の大部分がネット上に移行していて、ソーシャル・ネットワーキング・サービスや動画サイト、さらにはオンラインサロンといった場が、競馬ファンの人たちにとっての新たな居場所として賑わっていた。これはネットの世界に生きる自分にはかなりの好条件だったし、ワシが競馬に興味をもつようになったのは必然的な事だったと思うんだ。
で、さらにこの年が特殊だった大きな要因がもう一つあってね、それがスマホゲーム『ウマ娘』の存在だったんだ。春に登場したゲームなんだけど、空前の大ヒットでね、その年の秋にあった日本ゲーム大賞では優秀賞も受賞したほどだよ。ウマ娘は、もちろん競馬を題材にしたゲームでね、既存の競馬ファンとゲームやアニメのファン双方を巻き込む形で熱烈なムーブメントに発展してた。だからゲームとリアル競馬の相乗効果で、競馬業界全体が新時代の競馬ブームを迎えていたんだ。
ユーチューブやツイッターでも連日のように競馬やウマ娘の話題が上がっていてね、競馬の当たり年みたいになってたのがコロナ禍の2021年だったね。こんなおもしろい事になってるのにワシがそれをスルーしたまま過ごせるわけもなく、ウマ娘のゲームアプリがリリースされた春頃からか、ワシも競馬の世界へどっぷりとハマっていくことになったよ。
春。競馬についてまだ右も左もわからなかったワシは、とりあえずネット投票で少額の馬券を購入したりして楽しんでいたよ。ウマ娘のゲームアプリも面白かったし、この時はまだ、健全な楽しみ方をできていたと思うんだ。ただね、馬券に賭ける金額が増えていくのにはそんなに長い時間はかからなかったんだよ。下手くそなのに賭ける金額だけが増えていく。あとから考えてみればすげーマヌケな話なんだけど、その時のワシはいろいろやってみるのが楽しくてね、別段それが問題だとは思ってなかったんだ。
でね、春が終わって、夏競馬のシーズンがやってきたんだ。
夏は中央でのレースがなくてね、函館・新潟・福島・小倉といった地方でのレースがメインになるんだ。地方と言ってもよく言う地方競馬とは違ってね、あくまで日本中央競馬会主催のレースなんだ。レベルも高いよ。だけどね、ここらへんからなんだ。負けが込んできて、ちんたらちんたらと取られ始めたのは…
誰しもさ、競馬をやるからにはドカンと一発当てたいって考えるよね。ワシもそう考えていたんだけどさ、実際には損益が大幅なマイナスでね、やればやるほど赤字が膨らむっていう状況になり始めてた。
で、トータルの赤字が十万を越えたあたりから焦りが生まれてきたんだよ。なんとかしてこの赤字の分を取り返さないとマズイってね…
でもさ、そういう焦りが募ってくると、競馬も自然と穴馬を狙った無茶な賭けになってくるよね。もちろん穴馬なんて滅多に来るもんじゃないんだけどさ、仮に一番人気の馬で馬券が当たったとしてもさ、オッズの関係からワシの赤字を黒字に変えることはない訳じゃん? トータルの回収率を考えるとどうしても穴馬狙いにならざる得ない。今考えるとここが依存症の入り口だったんじゃないかと思う。いわゆる『バクチの負い目』って言うやつだよ。どんどんと苦しくなっていったよ。
ところがどっこい、秋になってね、中央でのレースが再開されるとG1などの重賞が続いて、競馬を見るのが俄然楽しくなってきたんだ。で、幸か不幸かこの時期に、ワシ、万馬券を何度も当てるというオイシイ思いをしてしまったんだ。賭ける金額が増えてて、その分、当たったときのリターンも大きくなってるわけだから、どんどんと赤字は縮小していってね、回収率は100%近くになっていった。
こうなると人っていうのは気持ちが大きくなってしまうんだよね。
せっかく万馬券が当たってるんだからさ、そのまま止めておけばいいものを「ドカンと一発当てたい」という欲求から、ドカンと大勝負に出てさ、そのまま撃沈したよ。大損だよ。
段々と博打打ちっぽいエピソードになってきたでしょ?
そこからまた始まるんだよ。暗く辛い競馬の日々が。
ワシもさ、これ以上の損が出るのは嫌だし、競馬なんてもうやりたくないって思い始めたんだよ。さすがに懲りたよね。でもさ、毎週土日が来るのを楽しみにしている自分がどこかにいてさ、土日が来ると案の定JRAのウェブページへ飛んで、競馬に興じてしまう。
でもその時なんだよ。オッズを見て悲しくなるんだ。あのオッズの数値、ほんとに良く出来てるよね。どこをどうやっても大儲けなんてできないように、実にうまい具合に倍率が設定されてるんだ。当たり前のことなんだけどさ、そんなに簡単に儲けられる訳はないんだよ。分かってるんだ。けど、それでも未練がましく、毎週のようにオッズと睨めっこしているような暮らしは続いた。あのね、こうなるともはや興味の対象が金銭に移ってしまっているんでね、そうなると肝心の馬に関する考察が疎かになってくるのさ。本末転倒だよね。競馬の予想しててさ、馬の考察が疎かになってしまうくらいなら、そもそももう競馬なんてやめた方がいい。自分でもそう自覚してたんだけど、それでもやめられない。やめられなかったんだよ。この時だね。自分が依存症への道を突き進んでいるということに気が付いたのは。
で、思ったよ。「マジこのまま競馬を続けて、社会的に回復不能というレベルのことをやらかしてしまったら、人生が終わる。」ってね。そうなる前に、ワシは一刻も早く競馬から身を引かなければならないって分かってた。で、そういう焦りは日に日に強くなっていって、ついにその思いがワシの心を蝕み始めたんだ。
やめたきゃやめればいいじゃないかと思うかもしれないが、それが出来なかったのはウマ娘の存在があったからなんだよ。
ウマ娘は面白いゲームだし、可愛いキャラクターたちに愛着も湧いていて、ウマ娘と決別するなんてことはとてもじゃないが出来ない、って強く思っていたんだ。しかも、ウマ娘の課金ガチャの方にも既に結構な金額をつぎ込んでいたもんで、こちらの方ももう今更やめる訳にはいかないっていう状況だったのさ。
実際の競馬もゲームの中の競馬もやめるにやめれない状況がダブルで成立してしまったってのが悲劇だよね。これはもうどうにもならない。このままワシは年末の有馬記念まで散財を続けるのかって焦ったし、どう考えてもこの先に明るい未来が待ってるとは思えなかった。マジでヤバイと思ったよ。
そんな中、ワシ、とうとう平日の地方競馬の方にまで手を出し始めてしまった。我ながら呆れ返るほどのダメっぷりだよ。
で、地方競馬となると馬の情報もあまりないもんだからさ、もはやロクに予想らしい予想を立てることもなく、ただ出走表を見て、オッズとにらめっこするだけになるという、ただそれだけの行為になってしまったんだ。馬券を投票する。レースを見る。そして馬券は外れる、の繰り返しさ。
あのね、ワシ、平日にも関わらず競馬に興じる事ができて、その上、周りにそれを咎める人もいないという意味不明な環境にいたもんだからさ、たった一年で信じられないくらいのダメ人間に落ちぶれてしまっていたんだよ。
でも、その一方で心の中には「競馬をやめたい」っていう思いはめちゃめちゃ強く渦巻いていた。